みんなのうた「笑顔」
アニメーション : 新海誠
うた : 岩崎宏美
作詞作曲 : 永田雅紹
放送 : NKH「みんなのうた」

「みんなのうた「笑顔」」とは?

 NHKの長寿番組「みんなのうた」。誰もがその名前を一度くらいは耳にした事はあるだろうけど、実際に観た事がある人はあまりいないと思います。この番組には世の誰もが知っている意外なビックネームが参加していることは、私は以前から知っていましたが、多分、岩崎宏美さんの歌だけだったら、この曲に出会うことはなかったと思います。なぜなら、私がこの曲を購入したのは、歌の背景として流れている「新海誠」氏が製作したアニメーションの方が目当てだったのですから。

 DVDシングル、という前代未聞の形態での発売となったこの作品ですが、その反響は絶大なものでした。2002年の大反響を呼び、東京国際アニメフェア実行委員長の石原都知事からも「この知られざる才能は世界に届く」と絶賛された、個人製作アニメ「ほしのこえ」によって一躍アニメ界の超新星と呼ばれるようになった新海誠。ちなみに、この「笑顔」のフルコーラス版は、岩崎宏美さんのシングルCD「あなたの心に」のC/Wとして収録されています。興味ある方はそちらの方も是非聴いてみてください。

悲しくて優しくて前向きな、歌詞と歌声と映像の競演

 レビュー用にこの曲を初めて聴いたとき、偶然その場に居合わせた友人は「すごくいい歌詞だね。映像がもしなかったら男女間のバラードにしか聴こえないけど」と言っていた。最初から新海アニメだけが目当てだった私は、そう言われてから「なるほど」と初めてその点に気がつきました。確かに歌詞だけ読んでみると、とても悲しくて、でも優しくて、それでいて前向きな歌詞です。この曲を作詞作曲した永田さんのプロフィールを読んで納得しました。彼は23歳の時にベーチェット病で失明してしまったが、目が見えないからこそ、その人の声がその手の温もりが、そして心の中に広がるどこまでも青い青い青い空を感じられる----岩崎さんの穏やかな歌声で優しく歌い上げられるその歌詞と、その歌詞から生まれた新海氏の映像意識、それらが三位一体となって、たくさんの思いが込められた、みずみずしくてあたたかくてやさしい感動的な作品が生まれたのです。

 この歌と一緒に新海氏が作り出した映像を何の先入観も持たずに見た人は、ちょっとだけ戸惑うかもしれません。とてもシンプルな歌の背景に流れる緻密な設定と物語性を持ったアニメーション…新海氏は、男女の恋愛関係をハムスターと飼い主の関係に置き換えて、別離を過去の想い出にして、小さな新しい出会いを描く…という物語を作り上げることで、歌から受ける印象を完全に違う次元のものにすることに成功しました。鮮烈な印象は薄いかもしれないけど、しっとりと心に染み入るようにイメージが刷り込れていきます。一度でも新海氏の映像を見た後では、もうそれ以外のものをイメージする事さえできなくなることでしょう。新海氏は、卓越した作画技術だけではなく、豊かな発想力と繊細な感性を、新しいファン層に対しても示す事に成功したといえるでしょう。完全新作の「雲のむこう、約束の場所」が今から待ち遠しい!!

”発想の転換”新海アニメの新境地

 この短編アニメーションには、新海氏が得意とする手法がふんだんに盛り込まれています。電車などの人工物が通り過ぎていくのを利用した場面転換、隙間から差し込む柔らかい夕陽の陰影、空の広がりを表現する雲と空・昼と夜の境界線、瞬きするほどの一瞬だけ映し出される教室の机に置かれた卒業証書、TVドラマで映し出された別離のワンシーンを使って間接的にヒロインの心情や過去の出来事を想起させる効果…おまけのメイキングに収録されている新海さんの超絶的な作画方法は、ファンにとっては悶絶ものです。あそこまでツールを使いこなせる新海氏は今までに無いタイプの天才といえるでしょう。

 それに、この短編アニメーションには、いくつか新しい試みがなされています。新海氏はこれまで、ストーリー性が高くて、連続性のある短編を得意としてきたのですが、この作品では、サビの部分が何度も繰り返されるこの歌の性質に合わせて、青空の下の草原をイメージした回し車のハムスターのシーンを効果的にリフレインさせています。そして、ヒロインの女の子がくるくると回るラストシーンでは、スローストップモーションを駆使するという意欲的な試みがなされています。新海氏といえば、デジタル技術を駆使したノンリニアの回転表現が得意技なのですが、そこを敢えてストップモーションを使用することで、ヒロインが抱えた想いが解き放たれていく瞬間を表現したこのシーンは、新海アニメの新境地を切り拓いたとして大きな注目を集める事でしょう。

 新海誠ファンだけではなく、「笑顔」を忘れがちになってしまっているすべてのオトナたちに、是非オススメしたい逸品です。

First written : 2003/07/15
Last update : 2003/10/13