ToHeart2
PS2販売/開発:アクアプラス
 恋愛・ドラマ  ハートフルラブストーリー  48時間 
原画:みつみ美里/カワタヒサシ/甘露 樹/なかむらたけし

「ToHeart2」とは?

 「ビジュアルノベル」と言えば、今やギャルゲーの世界での基本文法として完全に定着している表現手法ですが、このジャンルが確立されたのはそれほど昔のことではありません。家庭用での「ときめきメモリアル」の空前の大ヒットによって、家庭用ギャルゲー市場に雨後の筍のごとく新規タイトルが投入されていった中で、取り残されつつあったPCゲーム市場でしたが、1997年に発売された「ToHeart」によってギャルゲーの歴史は大きく動くことになりました。まだ「萌え」の概念が曖昧だった当時にあって、ゲームであることを否定するかのようなノベルライクなゲームシステムで、キャラクター演出にのみに心血を注いでみせたこの作品の思い切った割り切りは、ギャルゲーユーザーたちから熱烈な支持を受けました。同人誌界との連携による相乗効果もあって、「萌え」という明確な属性ターゲットがひとつの市場として成立し得ることさえも実証した、偉大すぎる不朽の名作。それが「ToHeart」でした。

 その続編がPS2で発売される… そのニュースを聞いた時、期待よりも不安を禁じえなかったファンは多かったことでしょう。もっとも、続編と言っても、舞台となる高校が同じなだけで数年後という設定だし、キャラクターも総替えです。伏線として「卒業生にそれっぽい人がいた」と匂わす表現があるくらいで、直接的な関連性が描かれているわけではありません。しかし、前作をゲームとして遊んだ当時の記憶は遥か彼方に薄れ、二次創作でのキャラクターイメージだけが自分の中で生き続けている大切な作品世界だからこそ、続編として期待値のハードルは自然と高くなってしまうわけです。「名作の続編」という重責を抱えた本作の真価やいかに?

すべてはキャラクターのために!それが王道の底力!

 この作品がToHeartの続編として相応しいか?それは一旦置いておきましょう。ToHeart2のヒロインは総替えであり、シリーズ恒例の長瀬一族に連なる者や、来栖川エレクトロニクスのHMXシリーズ関係者が含まれているものの、前作との関連は間接的なものに止まっています。でも、その割り切りは正解だったと思います。設定や関連はその世界観に入りやすくするため・様々な楽しみ方ができる要素であって、それ以上でしゃばってもテコ入れにはならない。大切なのは、今回の新キャラたちに対して「前作と同じ素直な気持ちで向き合えること」であり、そのためのお膳立てを演出するのが王道を継ぐ者としての責務なのです。その点で言えば、今作は紛う事なき純度で「ToHeart」らしい恋愛テーマの遺伝子を受け継いだ正統後継作として、高く評価していいと思います。

 とはいえ、作品としての出来に不満がないといえば嘘になります。レギュラーイベントとヒロインイベントの比率が破綻しているルート設計とか、シナリオ上の泣き所であと一歩背中を押して涙腺を決壊させるほど効果的な演出ができなかったとか、シナリオによって演出に落差がありすぎるバランスの悪さも否めません。これは通常のゲームであればトータルで減点対象にしかならない要素なのですが、今作に限って言えば「そんなのどうでもいい」と思わせてしまうほど強烈なキャラクターの魅力がありました。

 ヒロインそれぞれのシナリオ単体での深さや面白さによって恋愛論を振りかざすのではなく、緩やかに流れる時間の中で控え目なポジションからキャラクター個々の魅力を引き出すことによって、ゲームの演出上に囚われない「テーマ」を形成していく…ゆえに、ゲームの枝葉末節の出来はどうでも良く感じてしまい、「いいゲームだっかたどうかは別として、○○が好きだからそれでいい」と臆面もなく断言できてしまうわけです。しかし、それは単純なキャラ萌えからくる感情などではなく、「ToHeart恋愛観」というテーマが遊び手の心に蘇ったからこそ言えることなのです。すべてはキャラクターのために!その割り切りがそれが王道の底力だと思い知らされましたね。

初々しすぎる恋愛観が呼び起こす「郷愁と憧憬」

 今回、私が一番のお気に入りだったのは、「いいんちょ」こと小牧愛佳でした。女の子が苦手な主人公と、男の子が苦手な委員長。指が軽く触れただけで大騒ぎで、お互いを下の名前で呼ぶことさえ一苦労…眠っている顔に近づいてキスしようとして直前で躊躇していたら、彼女が目を覚ましたけど、また目を閉じて、恥ずかしさと期待と不安に震えながら精一杯のOKサインを出す姿に…ぐはぁ!悶え死にそうなほど恥ずかしいですね…不器用だけど真摯な…そんな気恥ずかしすぎる初々しくも微笑ましいToHeart2の恋愛の構図は、和みすぎて縁側でお茶でもすすりながら温かく見守りたくなります。

 ToHeart2が描く恋愛構造というものは、良くも悪くも7年前の「1」のまんまだと思っていいでしょう。見ているこっちが照れくさくなるような微笑ましい、恋愛というにもまだ早いくらいの恋心に、懐かしさを感じた方も多いことでしょう。昨今のギャルゲーが、綿密な人物関係での連動性や、過剰な世界観の演出や、鬱ゲーや泣きゲーなどの刺激の強いスパイスをエスカレートさせ続けてきた流れとは正反対で、7年前と何ら変わらない古臭くて愚直なほど直球で勝負を挑んできたToHeart2の恋愛観は、私にはむしろ新鮮にさえ映りました。それは、かつて自分が若かりし日に経験した還らぬ日々への郷愁であり、そして叶えられなかった恋愛への憧憬を呼び起こすほどのものでした。

 ギャルゲーの恋愛は一種のファンタジーだと思います。ご都合主義と言われようと、欲張りな優柔不断であろうと、そこに求められる価値観というものは、「自己投影したキャラクターの幸せを祝福できること」にあるのだと思います。そして、前作でも今作でも変わらず、ToHeartの描く恋愛のテーマは、恋愛の「恋」です。それも「恋の始まり」なのであり、テーマの結末として描かれるのは「これから共に歩む未来に一歩足を踏み出すこと」なのです。そこから始まる「未来」に対して敢えて多くを語る必要はない。なぜなら、ゲームの物語には必ず終わりがあるけど、遊び手の中ではもう「それぞれの未来」が動き始めているのですから。そして、その幸せな未来は、遊び手が想いを失わない限り続いて行くのですから…本来「萌え」とは文法化できるものではなく、もっと特別でパーソナルな存在になれるのではなかろうか?形骸化した要素だけのエスカレートが忘させてしまった、大切な何か・王道とは何かを思い出すきっかけにして欲しい逸品です!

First written : 2005/01/29
Last update : 2005/08/18

[GM研ゲーム大賞2005]
脚本、演出、美術、主題歌、OPムービー
主演女優(袖原このみ、向坂環、小牧愛佳)、助演女優(イルファ)
以上、7部門にノミネート予定


「ToHeart2」ヒロイン選評

※この選評は重度のネタバレで構成されています。ゲームの楽しみを致命的に損なう恐れがありますので、ゲーム本編をすべてクリアした方、もしくは多少のネタバレも読み流せるという方のみ、白文字で隠されている部分をマウスで選択反転させてお読みください。なお、この注意書きを無視してネタバレ部分を読んでしまった場合の不利益に対して、GM研は一切責任は取りかねますので、くれぐれもご注意ください。

 柚原 このみ (CV:落合 祐里香)

 主人公が鈍感でラブラブ光線を送りまくる幼馴染の好意に気づかない、という構図はギャルゲーの世界ではお約束となっていますが、このみシナリオはそこに「幼馴染の方も鈍感で自分の気持ちがよく分かっていない」という要素を加味することで、より強力な切なさ炸裂効果を生み出していたように感じます。互いの気持ちは改めて言葉にしなくても分かっているばず。きっと分かってくれるはず。ううん分かって欲しい…「好き」とかそういう気持ちは良く分からないけど、ずっとずっと一緒にいたいって気持ちだけは誰にだって負けない。でも、だからこそ…この気持ちは絶対に知られちゃいけないんだ。もしふられて何もかも失くしてしまうくらいなら、たとえただの幼馴染でも、妹のようなものでも、それ以上でもそれ以下でもなくっても、それでも妹でいられるのなら側にいられるから…それでもいいって決めたはずなのに…どうしようもない胸を締め付けられる想いは溢れて止められなくって…(ぐはっ!KO)

 そんな健気なこのみに対して、妹ではなく女の子として意識し始めてしまう主人公。このみの自分に対する想いに気づいてしまったことで、今までどおりに自然に接することができなくなって、それがこのみを傷付けてしまうと分かっていても、何も言葉にできない不甲斐ない自分を責めるばかりの主人公を、二人の姉代わりとして支え諭して背中を押してくれたタマ姉の存在(微妙に自分の主人公への想いを押し殺しているのが見え隠れするのがナイス!)があったからこそ、このみシナリオは昨今のギャルゲーにありがちな「ヘタレ主人公モノ」に陥ることがなかったと言えるでしょう。上手く言葉にできないなら、行動で気持ちを示して見せてくれたラストシーンでの主人公…いや〜青春だねぇ…見ているこっちが恥ずかしくなるほど微笑ましい直球ストレートなシナリオには、清々しささえ感じました。それでこそ、敢えてエロゲーの雄の座を捨てて家庭用オンリーに挑んだ甲斐があったというものです。(その後、Windows版への移植が決まったので、なんとも言いがたいのですが…)

 このみは正統派の妹キャラであるがゆえに、爆発的な魅力があるわけではないけど、これほどまでに「妹としてしか見れなかった」という部分に説得力があったキャラは珍しいと思う。だからこそ、このみのちょっとした変化には敏感だったし、戸惑ったし、ドキドキした。プレイヤーは期せずして、主人公とまったく同じ状態になっていたわけであり、そうさせずにはいられない、このみというキャラクターの存在意義は、この作品においてもとも大きなものだと思います。

 向坂 環 (CV:伊藤 静)

 年上の姉御肌キャラというのもギャルゲーにはありがちな設定ですが、タマ姉の場合は「幼馴染」という要素に加えて、人を惹きつけて止まないカリスマ体質であり、そして身内をいじって愉しむことが大好きな小悪魔でもあり…マゾっ気のある人にとっては、メインのこのみよりも強烈な存在感を持ったキャラだと思います。タマ姉ルートに限らず、いつも姉代わりとして主人公の背中を押してくれるタマ姉ですが、その実、主人公に対する隠した想いがあることは、このみシナリオでも微かに窺い知ることができました。

 タマ姉シナリオでは小悪魔パワーも切なさも全開でした。今の穏やかな姉と弟としての関係を失いたくないと思うから、思わせぶりな態度もいつも冗談で済ませてしまう。そういう冗談ばかり言う人なんだと思わせてしまえば、ごく自然にスキンシップが取れるから…でも、そうすればするほどに、いざという時にホントの気持ちを打ち明けてられなくなってしまう。本気だと思ってくれなくなる。でも、それも致し方ないことです。何しろ、主人公は子供の頃にタマ姉が一度告白して振られた相手なんだから…傷付くことに臆病にもなるというもんです。それまで完璧超人だったタマ姉と、主人公への本音を上手く伝えられない自分の弱さに戸惑うタマ姉…このギャップがたまらない!これで落ちないゲーマーは皆無でしょうなぁ…Windows版が18禁になるとすれば、一番需要が高そうですね…

 ただ惜しむらくは、同じように主人公を慕っている、タマ姉の妹分:このみの存在に対する配慮が、このみシナリオのノーマルエンドでは語られたものの、タマ姉シナリオの方では一切触れなかったこと、それが残念でならない。直接的な描写は必要ないけど、このみに対する罪悪感を感じさせるさりげない描写であるとか、「その後」で何らかのフォローと言うか、3人の円満で幸せな未来像というか…そういうものがあった方が、より完成度の高いシナリオになったと思います。タマ姉は他のヒロインのシナリオでも頼りになる姉として立ち回ることが多かったが、主人公に対する気持ちが見え隠れする場面があまりにも少なかった。独立分岐制のビジュアルノベルがそれだけで支持された時代は、ToHeartの過去の基準でしかない。同人などの外的要因が地歩を固めてきたような「相互作用しあう世界観」をゲーム内で構築しきれなかったことは、ToHeart2が新時代を切り拓くに値する作品であるかどうか、判断を微妙にしている部分になりかねない。タマ姉シナリオは、その好例であると言えるでしょう。

 小牧 愛佳 (CV:力丸 乃りこ)

 愛佳シナリオはとにかく気恥ずかしい! 他のシナリオの主人公とは同一人物とは思えないほどです(笑)ピュア過ぎます。指がちょこんと触れるだけで赤面して大騒ぎ。互いを下の名前で呼ぶことさえ一苦労。そのわりに、発言や発想は意外と大胆だったり、そのギャップがなんともくすぐったい。眠っている顔に近づいてキスしようとして直前で躊躇していたら、愛佳が目を覚ましたけど、また目を閉じて恥ずかしさと期待と不安に震えながら精一杯のOKサインを出す愛佳の姿に…ぐはぁ!悶え死にそうなほど恥ずかしいですね。萌えに対して否定的な私ですが、こういう正統派の萌えなら「アリ」だと思います。

 甘えるのが下手で、過剰に丁寧な敬語で、どこまでも謙虚で頑張り屋さんで…でも、そんな「いい子」な自分は、生来の病院暮らしで捻くれてしまった妹(郁乃)に対して、良き姉として模範になれるような誇れる何かが欲しかったから。本当はひどい人見知りで男の子が苦手なつまらない女の子なんだ…今自分がやってることも、他人のためじゃなくて他人を利用してるだけなんだよ…そう愛佳は自嘲している。しかし、動機はどうあれ、周囲が何だかんだと言いながらも愛佳を頼りにしていて、感謝している事実には何ら変わりはない。そして、そんな愛佳だからこそ主人公(プレイヤー)は惹かれたのですから…

 愛佳がこれまで築いてきた人望の積み重ねが起こしたラストシーンでの小さな奇跡。もし私がこのシナリオに点数をつけるとすれば、119点くらいでしょうか?本当は120点をつけたいところですが、最後の最後でほんの僅かな演出効果のスポイルがあったのが、ちょっとだけ残念です。今までの愛佳の無私の献身に恩義を感じていた女生徒たちが、ピンク色のタイを刻んで季節外れの桜吹雪を舞わせたあの名シーン…見せ方の順番は「手術後に目を開けた郁乃→窓の外には桜吹雪が!→顔を覆う愛佳に声をかける主人公→桜吹雪に驚く愛佳→主人公の視線を追って校舎を見上げる愛佳→校舎の窓から愛佳に手を降る生徒達→先生、私の姉の話を聞いてくれますか?」とした方が、号泣必死だったと思うのですが…贅沢な悩みというやつでしょうか?

 各所のファンサイトの人気投票でも、このみタマ姉などの本命を押さえて人気1位を獲得する意外な伏兵になっている結果も、素直に頷けるというものです。従来の委員長文法を覆すほどのパワーを持ったこのキャラを生み出したというだけでも、このゲームをやる価値があったと言っても過言ではありません!

 十波 由真 (CV:生天目 仁美)

 愛佳の友人という繋がりもあったので、ごく自然に4番目の攻略対象は由真になったのですが…始まりは腹立だしいだけの生意気な相手だった。でも、そんな風に本音で言い合いえる相手なんて今までいなかった。アイツ(主人公)の前でだけは、周囲の期待に応えるために「自分」を演じなくてもいい。ホントの自分になれるから…何かにつけて主人公に挑みかかってきて、意地っ張りで喧嘩腰で上からの物言いは、せめてもの照れ隠しだった。もし勝負に勝てたら、なけなしの勇気を振り絞って自分から告白しようとしていたのに、ほんの僅かなボタン掛け違いで台無しになってしまって…あんな辛くて苦しい想いはもうしたくない。だから他人を演じることで、主人公に初対面のように振る舞うことで、徹底的に避けて逃げて忘れようとした。それでも心のどこかでは主人公を待ち続けているのに、素直にはなれなくて…シナリオ中盤から後半にかけての飛躍振りには少々やりすぎな感じもしましたが、ラストシーンで、その由真の頑なさを文字通り壁をぶち壊して見せてくれた主人公の行動は天晴れでござったな。

 そういう恋愛構造のシナリオは個人的には好みなのですが、これまでの3人(このみ・タマ姉・いいんちょ)が、シナリオ面でもキャラクター面でも傑出した存在であったがゆえに、由真シナリオに多少の物足りなさを感じてしまいました。最初にMTBで追突して出会った時に、眼鏡が吹っ飛んでしまっただけで、実は眼鏡っ娘でした!とか、「十波」の姓は偽名で本当の苗字は「長瀬」で来栖川家に仕える一族であるとか、更に細かいところでは、呪いの藁人形を学校のOB(来栖川芹香)からもらったとか…続編として設定的にはすごく重要なキャラクターだと思います。しかし、その背景の特性が足枷になってしまったようにも感じました。由真のような性格は、専門用語では「ツンデレ系」というそうですが、好みによって左右されてしまう分、損をしている部分もあるかも知れませんね。

 ギャルゲーにおける設定というものは、シナリオともキャラクターとも不可分の存在であり、そしてそれらは演出とも不可分の存在なのです。そのすべてのピークが足並みを揃えなければ最大の効果を発揮できないし、そのルートにおける他者の干渉をどう扱うかも問題となります。由真シナリオに愛佳がアシスト役として活躍したことは、愛佳ファンにとっては喜ばしいことだろう。しかし、他者とのシナリオ上の繋がりが希薄なスタンスを取ってきた(ように思える)この作品全体のバランスの中では、それは異質なものに感じてしまうのではないでしょうか?

 るーこ・きれいなそら (CV:夏樹 リオ)

 シナリオ開始当初は、「電波さんキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」で、色物キャラだとばかり思っていましたが、実はこれ本物の宇宙人さんモノだったわけで…前作には、メイドロボや魔法使いや超能力娘がいたくらいだから、今更リアル宇宙人が出演したところで驚愕には値しないんでしょうけど、てっきり今作のテーマは「普通」にこだわっているのかな?と思い始めていた矢先だったので、わりとカウンターパンチだったかも。

 あまりにも微笑ましい未知との遭遇。ほとんど「るー」と「うー」だけの会話なのに、いつの間にか相手の気持ちが分かるようになってしまう不思議。世界の確率事象そのものを揺り動かす「るー」の巨大な力を目の当たりにしてもなお、るーこが宇宙人だとは信じられない…いや、信じたくなかった。罪を犯してまでして、正しいと信じて使った4回目の力を否定してしまったら、少女のささやかな幸福を守れたことさえ喜べなくなってしまうから。るーの族長の娘としての誇りをすべて失ってしまうから。主人公のために3回力を使ったことを重荷に感じて欲しくないから…帰れない、帰りたくない。帰らせてやりたい、帰らせたくない。うーとしてこの星で生きて行くことを受け入れようとしている、るーこ。そんなるーこを星に帰してやりたくて空に願いを送り続ける主人公。その行動は他人目には矛盾していて滑稽で、自分の本心と正反対のものだとしても…この願いが叶ってしまったとき、二人は45光年を隔てて、永遠の別れを迎えるのだとしても…

 「信じるということ」の本質の間で揺れるこのシナリオのテーマは、とても素晴らしいものだったと思います。しかし、それゆえに、最高の場面で最大の効果を発揮できなかったようにも感じてしまうのです。るーことの別離のシーンで、涙もろい私は泣けませんでした。すべてを受け入れて強くなれたから泣かなかったんじゃない。泣きたかったけど、泣けなかったのです。涙腺のバケツの水は満タンだった。でも、最期に魂を揺り動かす「何か」が足りなかったように思います。それが何なのかは、現時点では、私にも上手く説明できそうにありません。でも、これだけは確かに言えることは…あんな中途半端なネタ明かしのエピローグは許されない!ってことです。(もしかして、これって「マルチ」のEDと同じパターンを狙った…のかな?)後で冷静になって整合性を検証してみると、なるほど納得できますが、その場の演出で効果を引き出せないのは、かなり損をしているかなと思います。

 あと、ルーシー・マリア・ミソラの名前は、エピローグでのみ使われたものであり、私にとっての彼女の真名は宇宙人としての「るーこ・きれいなそら」なので、敢えてこの表記を押し通させていただきます。

 姫百合 珊瑚・瑠璃 (CV:石塚 さより、吉田 小南美)

 キャラクター的には、子供っぽい高音で関西弁のイントネーションが特徴的でもあり、それが同時に人によってはネックにもなってしまうかなぁ…という気がします。珊瑚ちゃんの「つまらん」という口癖も、瑠璃ちゃんの「アホー!」という口癖も、短い単語としては面白いしインパクトがあるのですが、言い合いになった場面での長台詞になると、とたんにテンポが悪くなり、それが足枷にも感じてしまいました。私がこのシナリオを評価C(B+)と採点していますが、これは、このシナリオの評価は物の見方によって大きく変わってくるからです。このシナリオの結末(ハーレムエンド)を優柔不断で許しがたいものに感じる人もいるかもしれません。ただでさえ、このシナリオが描くテーマが「大切な人がただ一人いればいいと思ってしまう盲目的欲求と、他者を思いやりすぎるあまり自分の価値を無に感じてしまう、相互依存関係の限界と衝突」であるがゆえに、堂々巡りのままギクシャクしていくこのシナリオの展開に歯がゆい思いをしてしまう人もいるだろうし、その苛立ちによって肝心の泣き所を逸してしまった感もありますから…

 でも、個人的にはこういう「甘さ」の部分が、ゲームにはあってもいいんじゃないかな?とも思います。ギャルゲーの恋愛は一種のファンタジーです。ご都合主義と言われようと、優柔不断と言われようと、そこに求められる価値というものは、「自己投影したキャラクターの幸せを願えること・祝福できること」にあるのだと思います。そして、ToHeart2の描く恋愛のテーマは、恋愛の「恋」であり、それも「恋の始まり」であり、テーマの結末として描かれるのは、「これから共に歩む未来に、一歩足を踏み出すこと」なのです。

 私はこのシナリオの演出が正直言って好きではないけれど、テーマとしては支持したいと思います。珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんとイルファと(ミルファとシルファ)との新しい生活が、この先どうなるかなんて分からないけど、それはきっと素敵なことなんだと思う。恋愛が必ずしも誰かの独占物である必要なんてない。珊瑚ちゃんが言うように、順番なんてどうでもいいと思う。重要なのは、彼らがファミリーとして相互を必要とし、そこに幸福を感じられるかどうかにあるのですから。

 Windows移植版に望むことがあるとすれば、二者択一の結末のパターンをみてみたい気もしますが、それはこのシナリオのテーマと矛盾してしまう恐れもあるので、やはり無い方がいいのかな…とも思います。

 イルファ (CV:萩原 えみこ)

 個人的には、珊瑚・瑠璃シナリオの最大の見せ場は、来栖川エレクトロニクスのアンドロイドシリーズ最新作「HMX-17a:イルファ」だと思います。いや、マジで。前作の「マルチ」のような強烈なインパクトや、「セリオ」のような存在感には及ばないものの、自然であるがゆえの等身大の親しみやすさがありました。これは、HMX-17シリーズの設計コンセプトとも合致するものであり、そういう面では狙い通りの実力を発揮できたキャラクターだと言えるでしょう。

 従来のメイドロボとはまったく異なるアプローチで構築された理論に基づく学習ロジック、「大根、インゲン、アキテンジャー(命名:長瀬主任、訳:珊瑚)」を搭載し、自らの感情に従って思考して工夫して学習して、ロボット三原則にさえ縛られない「本物の心」を持つ。主人をたしなめるためなら、主人に手も挙げる。涙を流す機能こそ実装されていないが、彼女の心は人間と何ら変わらない。でもそれは、人間のように都合の悪い記憶を忘却できない分、その傷痕は永久に消えないという残酷さでもある。恩義のある瑠璃の役に立とうと努力すればするほど、瑠璃にとっての存在意義を脅かしてしまうのに…壊れることでしか自分の心を保てなくなってしまうのですから…

 そんな哀しいスレ違いを乗り越えて、イルファが瑠璃への告白(?)を経て迎えた、珊瑚・瑠璃ルートのハッピーエンドで、「瑠璃様は私のモノですが、旦那様にするなら(主人公)様ですね。愛と本能のあいだで揺れ動くいけないメイドロボです〜」とおどけて見せた仕草で、さしてメイドロボ好きでもない私でさえ。脳天を撃ち抜かれてしまいました。イルファの同人誌を読みたい…(もちろん非エロで)できればビジュアル未登場のミルファとシルファも出してくれると尚嬉しいです。特に、ミルファ(みっちゃん)は主人公専用のメイドロボになると息巻いているそうなので、話の作り甲斐があると思うのですが…どうでしょう?

 原稿制作時では、Windows移植版の情報はまだ手元にありませんが、移植するなら是非イルファ さん攻略ルート希望。ついでに、ミルファとシルファの登場もあれば、なお嬉しいですね。でも、もし珊瑚・瑠璃ルートの派生条件にしてしまうと、ハーレムエンドも度が過ぎる恐れも?

 笹森 花梨 (CV:中島 沙樹)

 …これは本当に同じゲームなのだろうか?と疑いたくなるほど、他のヒロインのシナリオに対して落差のある低すぎるクオリティに、ただひたすら戸惑うばかりでした。ToHeart2のルート設計がゲームとして完全に破綻していることは今更言及するまでもないが、それでも私がこのゲームに牽引されて遊び続けてきたのは、ひとえにキャラクターに魅力があったからであり、キャラクターを演出することにかけては高いアベレージを出していたからだと思います。つまり、シナリオ単体のテーマとしてどう評価するとかではなく、キャラクターあってのテーマでありシナリオだったわけです。しかし、笹森花梨のシナリオに限って言えば、何もかもが不足していたと言わざるを得ません。キャラクターを個性的足らしめる条件付けを行い、緩急をつけて印象のギャップ効果を生み、一歩前に踏み込むことへの恐れと決断をユーザー自身のものと感じさせ、その場面に至るまでのプロセスと変化を自然に演出する…そういう要素のすべてが足りなかったように思います。どんなに素材が良くても、規定打席に到達しなければ公式記録としては何の信憑性もないのと同じです。笹森花梨というキャラクターに対して、私には思ところは何もありません。どちらかと言えば苦手なタイプですが、良かれ悪かれ、4時間ほどかけてシナリオを1本つきあってみた結果、好きでも嫌いでもないというのでは、何のためのギャルゲーなのか?と問いたくなるというものです。でも、事実、この花梨シナリオにはそのどちらにも転ぶだけのパワーがなかったわけです。あまりにも高鳴らない胸とあいまって、オート文字送りモードで居眠りをしてしまったくらいですから… このようなクオリティの低いシナリオが混ざってしまうことが、製作側にとって許容されてしまったこと、そして、この程度のクオリティがまかり通って問題視されていない信者だけの評価がすべてだと認識されてしまう世界…トータルクオリティが高い作品であるだけに、それだけが、ただただ残念である。

 草壁 優季 (CV:佐藤 利奈)

 ToHeart2のルート設計がまったくなっていないのは、もう何度となく書いていますが、そこに更に強引に捻じ込まれているのがこの隠しシナリオです。幽霊?タイムスリップ?人間じゃない?その疑問を些細なものに感じさせてしまう潜在的な魅力が優季にはあったと思う。しかし、過去と結び付けて奇跡ボーンで身代わりになって再会して綺麗に終わらせたラストの展開が…残念でならない。素材がいいだけに、勿体無さもひとしおです。敢えて謎の種明かしをしなかった演出ことには賛同するが、肝心の優季の内面の葛藤を連想させる要素があまりにも少ないのはいただけない。夢とも現実とも付かない自分の存在が、主人公が交通事故死してしまう未来へ運命を導いてしまうことを知っているのに、それでも主人公が自分に会いに来てくれることを願ってしまう。主人公に自分のことを思い出して欲しいけど、思い出してしまったら自分が存在できなくなってしまう…この夢が終わった時、主人公とともに過ごしたこの夢のような日々が忘れ去られてしまうのではないかという恐れ…そういう心情を、優季の落書き帳に綴られた童話と上手く絡めていくことができていれば、あの別離の瞬間に激しく心を揺さぶられたことだろうし、奇跡が起きてくれることを心から願っただろうし、その後の再会を理屈ぬきで祝福できたことだろう…と考えてしまうのは遊び手の贅沢というものだろうか?(シナリオ途中に挿入歌を入れる時間があるくらいなら、もっとシナリオと演出の完成度を上げるべきだったのではないか?) それこそ本物の勿体無いお化けがでてきそうだ…