monthly Manga Review
少女ネム
作画/原作 : 木崎ひろすけ/カリブ・マーレイ
本誌 : 月刊コミックビーム
単行本 : 全1巻(未完)愛蔵版

少女ネムとは?

 「少女ネム」という作品は、恐らく読者の方の99%が知らないと思いますが、私にとってはとても大切な作品です。月刊コミックビームというマイナー雑誌の連載で、単行本は1巻しか出ていませんし、連載も未完のまま終わってしまいました。にも関わらず、この作品は、数あまたの私の漫画読書歴の中でのベスト漫画20選に常にランクインしているのです。

 この作品は、漫画家を夢見るネコ人間少女:ネムの物語です。純粋に漫画を描く事が大好きな少女が、商業漫画誌の論理によって夢を失い漫画の道を捨てた青年漫画家と出会う。青年は、ネムに漫画界の厳しい現実を教えるが、同時にネムの才能を絶賛する。初めて他人に理解される喜びを知り、青年に淡い恋心を抱くネム。だが、ネムの才能や漫画に対する純粋さに対する劣等感に苛まれた青年はネムを拒絶して町を去ってしまう。傷つき、それでも自分の夢を貫く決意を胸に、ネムは高校卒業とともに上京して働きながら「自分の漫画」を目指すのだが…

 そこで物語は中断してしまいました。その理由は商業誌への疑問という自己内在的なタブーに挑むことによって、精神的なバランス感覚を崩した…と、中断当時はもっぱら囁かれていたのですが、今にして思えば、木崎氏は当時から健康状態が思わしくなかったのかもしれません。木崎氏の絵は、命を削るほどに美しく、そして過酷なものだったのですから…

職人芸のアートワーク

 木崎氏のその優しく誠実な人柄が紡ぎ出す美しいストーリーと流麗なタッチは、熱心な漫画ファン達の目に止まり、1994年より初の本格長篇作品である「GOD−GUN世郎」を徳間書店の月刊マンガボーイズ誌上で連載を開始。1996年からはアスキー(現エンターブレイン)の月刊コミックビーム誌で「少女ネム」(原作カリブ・マーレイ氏)を連載開始しました。多くの編集者がその圧倒的な画力に一目惚れしたが、同時に、極端に無口で漫画を純粋に追求しようとする木崎氏に困惑していたようです。比類なき才能を持ちながら、いくつもの出版社と雑誌を渡り歩き、代表作と言うべき3作品はいずれも単行本1巻のみで未完となってしまいました。

 スクリーントーンもアシスタントも一切使わない、ホワイト修正すら許されない一発描き、それでいて硬くなく、柔らかく動きのある線。スピード感と透明感があって、シンプルな優しさがあって、そして、どこかとても儚げで…台詞がなくとも感じる事ができるキャラの心情やシナリオ運び。絵ですべてを表現する職人芸。「リアルな絵」の描ける作家は沢山いますが、「絵のリアル」を追求できる作家は数えるほどもいません。それは漫画家というよりも、芸術家の領域の仕事なのかも知れません。それでも、木崎氏は決して妥協しなかった。

無名の天才の若すぎる死

 2001年3月28日、木崎ひろすけ氏は心不全のため亡くなりました。享年35歳。それはあまりにも早すぎる突然の死でした。無名の天才の若すぎる死。多くの漫画関係者と読者がその死を悼み、数多くの追悼文が書かれました。追悼企画として再出版された愛蔵版「A・LI・CE」の巻末あとがきに収録されていた、木崎ひろすけ氏の実兄:木崎彰氏の弔辞に、こんな一節があります。

 『無口で多くは語らない弟ではあったけれど、つむぎだす言葉や絵にはたくさんの思いが込められていた。「木崎浩」はもうこの世にはいないが、「木崎ひろすけ」はまだ生きている。弟が遺した作品を読んでいただける方がいる限り、 「木崎ひろすけ」は死ぬことはない。』

 私は一人の漫画好きとして、木崎ひろすけ作品の未来が永久に閉ざされてしまったことをとても残念に思います。 しかし、未完であっても木崎氏の作品に出会えたことには深く感謝しています。一期一会という言葉があります。これは何も人間同士の出会いだけを意味するものではありません。たかが漫画、されど漫画。感動も悲哀も同じ場所にある。それは人が創ったものであり、人が受け止めて初めてカタチになるものなのだから…

 改めて、漫画芸術家:木崎ひろすけ氏の冥福をお祈りいたします。

First written : 2001/08/01
Last update : 2003/10/13