A I R
Win製作:Key   2000/9/8発売
 恋愛・ドラマ  恋愛アドベンチャー  34時間 
販売:VisualArt's キャラデザ:樋上いたる

「AIR」という衝撃

 まず、初めに申し上げておきますが、私は今回のレビューを冷静なひとりの批評家に徹して書くことは出来ないでしょう。なぜなら、私が「AIR」から受けた衝撃は、かつて経験したことのない種類・規模・威力を持っており、今までの私の物差しでは測ることができないからです。その衝撃に正面から闘いを挑んだ私の心は、衝撃の強さに耐えられずに砕けてしまいました。ひとりの批評家としても、ひとりのゲーム愛好者としても、完膚なきまでに打ちのめされてしまったのです。

 私はこの作品をクリアした夜、ほとんど眠れませんでした。昂ぶった心と混乱した思考が私を苛んでいた。考えまいとすれば、心の闇に飲み込まれそうで怖かったのでしょう。 しかし考えようとすればするほど、謎は深まるばかりでした。どうすることも出来ず、疲れ果てて眠るまで苦しみもがいていた… 翌日、仕事に出かけたものの何も手につかない。暇を見つけては、ただぼんやりと空を見上げていました。まだ肌寒い春の青空。まるで空に魅せられたかのように… 

  あるはずのない答え…
  届くはずのない想い…
  叶うはずのない願い…
  私は空の囚人だった。

 帰宅して何気なくネットで「AIR」の批評を検索してみると、大量の謎解釈ページが存在していました。この謎多き作品に対して、皆様々な解釈をして自らを納得させようとしていたのでしょう。そこで、私も自分なりにこの物語について真剣に考察することで、ひとつの結論にたどり着きました。

  何が、私の心を壊してしまうほど苦しめていたのか?
  何を、私は畏れていたのか?
  何故、私は謎に答えを見出せなかったのか?
  そして、私は何をすべきなのか?

 すべてを理解した時、私は「空」の呪縛から解放されたような気がします。夢から醒めて現実に戻った。止まっていた時間が動き始めた。今までと同じ時間の流れ。だが、あの時私の中に生まれた、ある種の確信めいた感情に嘘偽りはありません。じっくりと時間をかけて考えをまとめてカタチにする、それがこの作品に対する私なりの感謝の念であり、私自身のプライドでもあるのですから…

「Kanon」へのアンチテーゼ

 今や、ギャルゲー業界の王者「Leaf」と並び称される、ギャルゲー業界の「双璧」と謳われるまでのトップブランドに成長した「Key」。前作「Kanon」は世に「泣きゲー」というジャンルを確立し、世の萌え萌えオタク層の心を鷲掴みにした大ヒット作となり、ほとんど信仰に近い支持を集めました。

 しかし、「Kanon」はシナリオや音楽演出の素晴らしさよりも、個性的なキャラクターばかりが過剰に賛美されてしまったのも事実です。稚拙さと媚と奇跡…お約束の三重奏…有識者の間からは「Kanonは”砂糖菓子”だ!」という痛烈な批判の声も少なからず上がっていました。どうやら、その思いは開発者側にも少なからずあったようです。ファンの熱すぎる期待を受けて登場した新作「AIR」を、誰もが当然のように「Kanon」路線の後継作であると信じていました。しかし、蓋を開けてみれば、「AIR」はむしろ「Kanon」へのアンチテーゼに満ちた「野心作」であったのです!

 私はパソコン系ゲーム雑誌を全く読まないので、「AIR」に関する予備知識が全くありませんでした。どの程度人気があるのかも具合的には知らなかったし、開発者の企画意図も知らなかったし、知ろうとも思いませんでした。実際にゲームをプレイしたのは発売後半年も経ってからでした。そう、私は完全に油断していたのです。「Kanon」のように「ベタベタでもキャッチーでも上質なストーリーと演出が楽しめればそれでいいや」と、心のどこかで期待しすぎて失望しないように保険をかけていました。しかし、そんな甘い考えは見事に吹き飛ばされてしまいました!それは、革命と呼ぶに相応しい衝撃でした。

「AIR」という革命

 詩的なまでに洗練された情緒溢れる文章、主張しないが郷愁を誘う穏やかで優しいビジュアル、心憎いまでに巧みに使われる心に染み入る音楽、謎を巧妙に覆い隠す3段式のシナリオ… これらすべては、最後の一瞬の輝きと、最高の驚きの為に…

 それがどのようなものか、私には書くことは出来ません。私はあくまで「レビュアー(紹介者)」です。作品を紹介することで少しでも多くの人の興味をそそる。名作との橋渡し役。それがレビュアーというものです。本当の楽しみの部分は、読者に残しておかなくてはならないのです。レビューとは、攻略でも評論でもありません。作品を紹介するために作品の核を暴露しては本末転倒というものです。特に、このゲームにおいては「構造」こそが命であり、ゆえに、今回のレビューではシナリオに関する内容は一切使っていません。「具体的に書かないこと」、それが、作品に対する私なりの最高の敬意であり、唯一無二のレビュー方法なのです。この作品の結末は、どうかご自分の目で確かめて下さい。

 私はこのゲームを絶対の自信を持ってオススメしますが、絶対に人前でプレーしないようにしましょう。できれば部屋を暗くして、音量も大きめに。ハンカチも一枚では足りないかも知れません。どうか、素直な気持ちで、恥も外聞も捨ててしまいましょう。この作品で泣くのは恥ではありません。その涙には理由があるのだから。その涙こそが人間である証明なのだから。その涙の先にあるものをあなたはもうすでに知っているのだから… 最後の「痛み」に耐えたとき、あなたは「幸せ」の意味を噛み締めることでしょう。

 「AIR」は、映画でも小説でも漫画でもアニメでも成しえなかった表現技術の革命です! どうかこの名作が、18禁ギャルゲーという偏見と、パソコンゲームという狭いマーケットによって、世に知られることなく終わることがないよう、切に願います。


(C)2000 VisualArt's/key

First written : 2001/04/01
Last update : 2003/11/03

 このページでは一部、Key Official HomePageの画像素材を使用しています。
 また、これらの素材を他へ転載することを禁じます。