GM研 漫画レビュー
最終兵器彼女
作者 : 高橋しん
本誌 : 週刊ビックコミックスピリッツ
単行本 : 全7巻

「最終兵器彼女」とは?

 「シュウジ」と「ちせ」は、札幌郊外の高校に通うごく平凡な高校生だった。ちせはかわいい。だが、のろい。チビだし気が弱い。おまけにドジっ子で成績も中の下。世界史だけが無意味にいいけど、ちせが生きていくのになんのプラスにもならないことを、ちせ自身もよく知っていた。口癖は「ごめんなさい」座右の銘は「強くなりたい」という、なんだか不器用なヤツである。シュウジがちせから告白されて5日目、付き合うことの意味すら知らないまま、成り行きで付き合い始めた不器用な二人が、ようやくお互いを恋人として意識するようになった時、突然訪れた国籍不明の爆撃機による「札幌空襲」。その爆炎のなかで、シュウジは最終兵器に改造された「ちせ」を目撃する。抱きしめた彼女の心臓は、音がしなかった…

 これは、人より少しだけ不器用で、人より少しだけ恋のスタート地点が遅くて、人より少しだけ懸命に恋を駆け抜けるシュウジとちせの二人が生きた時間の記録です。誰にも止められない人類の終末戦争と終わり行くこの地球(ほし)で、最後のラブストーリー、それが「最終兵器彼女」なのです。

ぼくたちは、恋していく。

 この作品の評価は、読み手によって大きく分かれると思います。それは、この作品がテーマをテーマとして読者に押し付けていないからです。その深遠なるテーマは真正面から受け止めるには重過ぎますし、そもそもその結論が正しいと立証することは誰にもできません。例え漫画の中の架空のストーリで語られるものであってもテーマの重みは変わりません。しかし、シュウジとちせの二人の気持ちが本当なら、二人の恋が本当なら、正しいとか正しくないとかいう大義名分や論理には、たいして意味はないのではないでしょうか?

 「ぼくたちは、恋していく」…最終兵器彼女のキャッチフレーズともいうべきこの言葉には、いろんな意味が込められています。恋するということ、誰かを大切に想う気持ち、誰かを愛しいと慈しむ心…それは単なる種の保存という本能だけではなく、自分が存在した証しを残すための唯一の手段なのかもしれません。最終巻のあとがきに、高橋しん先生のこんな言葉がありました。『ハッピーじゃないけど不幸せじゃない。正しくなんてないけど、間違ってない。救いはないけど、記憶とその先だけはちゃんとある』と… いつか私にも、この言葉の意味がわかる日が来ることでしょう。その時、私はもう一度この作品を読み返して涙することでしょう。そして、今この瞬間と同じ気持ちに立ち返ることが出来るでしょう。

 ぼくたちは、恋していく。生きていく。

遠い約束

 改めてこの作品を読み返してみて、「遠い約束」という曲を思い出しました。それは、ファンがこの作品をイメージして作ったイメージサウンドトラック(サークル:Little Wing作)に収録されていたボーカル曲ですが、その伸びやかで儚げな歌声と、抑揚を抑えた静かで寂しいBGMと痛烈かつ悲痛な歌詞で紡がれたこの曲は、最終兵器彼女の世界観を顕著に表していました。読者にテーマの判断を委ねた 「最終兵器彼女」という作品は、このように数多くの読者に他の作品では決して味わうことのできない強烈なインスピレーションを与えたのです。

 しかしその反面、読者自身の思い出や傷口を想起させるような痛烈なテーマゆえに、万人に受け入れられるものではないのかもしれません。単行本の最終2巻は単行本史上前代未聞の300ページを超えて、ほとんどのページが描き直されています。週刊連載でずっと読んでいた私には、その違いが良く分かりました。毎週月曜日をヤキモキしながら待ち焦がれたあの時間も、辛すぎて一度読んで封印してしまった単行本を、レビューを書くためにもう一度読み返してみたあの時間に感じた気持ちも、私は決して忘れないでしょう。前作「いいひと。」とは違った意味で最高の作品に仕上げてくださった、高橋しん先生とスタッフ諸氏に、あらためて敬意を表します。お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

First written : 2002/02/18
Last update : 2002/10/13