GM研 漫画レビュー
非存在病理学入門
作者 : 須賀原洋行
本誌 : まんがくらぶ
単行本 : 全4巻

「非存在病理学入門」とは?

 「非存在病理学入門」とは、4コマ漫画月刊誌「まんがくらぶ」で連載されていたサラリーマン哲学系の4コマ漫画です。須賀原洋行先生の最長連載作品「気分は形而上」の第一期「風刺哲学編」の路線を受け継いだこの作品は、とてもマニアックな内容ながらマニアックな読者から支持を受けました。マイナー月刊誌の連載に関わらず、雑誌の書評などに採り上げられた回数は、週刊モーニング連載作品よりもむしろ多かったそうです。

 ちなみに、非存在とは哲学用語であり、生死観を論じる無我説によると、現在の私の自覚そのものが無であるとは「私は実は存在しない」ということであり、「非存在から非存在へ」即ち「自我はもともと非存在なのだ」と考えるものです。単行本2巻の帯にもあるように「この本を、実は自分がこの世に存在していないことに気づいてみたい人に捧ぐ」という言葉に、この作品の方向性が凝縮されていると思います。

存在の示唆というドラマ

 社長の座をOLに追われたシャチョーがOLから再出発して社長の座を目指す「OL社長」、コピー機と不倫する課長の歪んでいるけど真実の愛を描いた「愛するコピ代」、作者自身の学生時代の卓球経験を活かした「卓球OL」、舌打ちでコミュニケーションを取る「舌打ち課長」、などの連載キャラクターシリーズでは、キャラクターの超越した(非存在な)行動・言動・発想を通して、逆説的に「普通」を浮き彫りにするによって、人間存在のなんたるかを見事に描き出した示唆に満ちたドラマを展開しています。キャラクターもののドラマ性と、哲学ネタのブラックなギャグとのバランスが非常に良く、単行本をついつい何度も読み返してしまう魅力を醸し出しています。

非存在ロジックのススメ

 常識世界の非存在ロジック・超越した存在というものは、シリアスを排してコメディになってしまうものですが、それを現実として認めてしまうことは、自分自身の存在を否定する事と同義です。でも、人間という不可解な生き物が共同体の中で自分を押し殺して他者との繋がりの中で自分の存在を辛うじて保っている現代においては、その病理は決して避ける事の出来ない、誰にでも起こりえる問題なのです。(病理に気付くことが必ずしも幸せとは限りませんが…)

 笑えない人には笑うに笑えないギリギリの内容ですが、その現実の中で生きていくしかない私たちにとって、つまらない現実をコメディとして笑い飛ばすことで、現実をそして自分自身を肯定できるのではないでしょうか? そんな「自分」に気付いてみたい人に、ぜひオススメしたい逸品です。

Last update : 2002/06/02