英國戀物語エマ
アニメ原作:森薫、制作:studioぴえろ
 TVアニメ  ブリティッシュ・ロマンス  DVD全6巻 
キャスト:冬馬由美、川島得愛、うえだゆうじ ほか

「英國戀物語エマ」とは?

 時は19世紀末、英国ロンドン、ヴォクトリア女王が治める古き良き英国の時代。産業革命によってもたらされた大量生産と機械化により、英国は列強の中心として世界を席巻していた。新しい時代の風の息吹と、古き伝統と格式によって培われた貴族文化との狭間に揺れ始めた時代。しかし、「英国はひとつだが、中にはふたつの国が在る。上流階級以上とそうでないもの。このふたつは言葉は通じれども別の国だ…」物語中にも出てくるこのセリフにもある通り、長きに渡って伝統と格式を重んじてきた貴族と、産業革命によって成り上がった資本家たちが属する上流社会と、それ以外の庶民との間には、依然として厳然たる深い溝があった。そんな時代の中で、一組の男女が恋をした。しかし、それは決して許されない恋愛だった。メイドのエマと、上流社会に名を連ねる商家ジョーンズ家のウィリアム。階級差のある二人の「身分不相応の恋」の行方を描いたブリティッシュ・ロマンス「エマ」をアニメ化した作品、それが「英國戀物語エマ」なのです。

原作のこだわりをとことん追求した異色のアニメ

 この作品は、従来のマンガ原作アニメの常識では計り知れない「こだわり」によって全編が構成されています。作品イメージを最優先してメロディのみにしたオープニングとエンディング。市街でのモブ(群集)シーンの人物にさえ発揮されている衣装考証、水パイプの音などの小道具の細部に至るまで、ロンドン現地取材の成果を活かした本物志向の作品作りは、「原作の描写をアニメらしくどうアレンジするか?」ではなく、「いかにして原作が表現しようとした「こだわり」をアニメで追求できるか?」が主題となっています。再現すべきは目に見える原作の表層ではなく、その根底にあるこだわりの精神そのものなのです。そのあたりは、原作の森薫先生、時代考証の村上リコさん、小林監督による「こだわりこぼれ」話がたっぷり詰まった副読本「エマ・アニメーションガイド」に収録されていますので、併せて読むことを強くオススメします。(特に、エマの眼鏡が楕円であることにまでこだわった作画指示書は必見ですよ)

静かに流れる時間と、揺れ動く想いを描き出す空間美

 この作品では、原作を知らない人が見たら本当に何でもないシーン「第1話のラストでエマが眼鏡を外すシーン」に対して動画を演出で2倍に増やしたり、メイドの日常的な地味な仕事の場面を多用したり、ハキムがエマを黙って見つめるシーンとか… 通常のアニメでは考えられない部分でたっぷりと尺を使っています。過剰な動きも印象的な音楽も要らない。ただそこに静かに流れる時間と、ゆっくりと揺れ動く想いを描き出す、ただそれだけのためにすべてがある。そこまで気持ち良く割り切った作品という意味で、本作は近年稀に見る異色の傑作と言えると思います。

 とかく、原作つきアニメでは「原作に忠実であるかどうか、脱線するならどこまで徹底してアレンジできるかどうか」の2択が求められることになりますが、本作に限って言えば、そのどちらにも当てはまらないと思います。原作との相違点を考えることは重要ではない。なぜなら、この作品が原作と同じ視点と同じ感性と同じ精神で作られた、大変稀で幸福な作品だからです。マンガの「エマ」好きの人にはもちろんですが、アニメから入った人にはマンガ本編を相互にオススメしたい逸品です。

First written : 2005/12/08