EMBRYO Piano Works
音楽サークル : EMBRYO
 ピアノソロ  超絶技巧ピアノアレンジ  ベスト盤 
編曲 : K.KUROYA

「EMBRYO Piano Works」とは?

 ピアノという楽器には不思議な魅力があります。あらゆる楽器のリズムとあらゆる声の音域と調和してハーモニーを奏で、そして、ただひとつそれのみでも圧倒的な存在感を示します。ピアノ奏者の華麗な指捌きをイメージすると、思わず指が動いてしまう、そんな経験はありませんか?優れた楽曲というものは、優れた奏者の演奏技術と表現力を得ることによって、聴く者の心の向こう側にあるイメージにダイレクトに働きかけることができる。ピアノには、そんなチカラがあると私は思っています。

 同人音楽の世界でも、昔からゲームBGMのアレンジ手法としてピアノが多用されて来ました。最近はソフトウェア技術の進歩もあって、旋律のイメージさえできれば自動伴奏機能でもそれなりのモノが出来てしまいます。もっとも、誰もが生演奏できるだけの技術があるわけでもありませんし、自己の演奏技術の壁を越える編曲が出来ないとなれば、編曲と発想の幅も自ずと狭まってしまいますから。しかし、どれほどソフトウェア技術が進歩して耳障りの良い曲を量産できても、良く出来た「工業製品」には人間の生々しさを感じられません。特に、ゲームのように「名場面のイメージ」とともに刷り込まれた原曲の記憶がある場合は、生半可なアレンジでは太刀打ちできず、「改悪」という印象さえ残しかねない、大変難しい分野なのです。

 ピアノ好きの私は、ゲーム曲のピアノアレンジと名が付けば何でもかんでも買って聴いて来ましたが、今まで驚きを与えるような1枚には、商業でも同人でも一度も出会うことはありませんでした。しかし、ある日、同人ショップの店内BGMで流れていた1曲(アトラク=ナクア幻想曲)を聴いた時、私の指は勝手にそこにあるはずもない鍵盤を叩いていました。人間業とは思えない超絶的な連打で駆け上がり転がり落ちるような旋律の階段。音が消え入る瞬間のなんとも表現し難い残心…それは私にとって、今まで経験のしたことのない種類のピアノアレンジでした。そうして出逢ったのが、サークル「EMBRYO」の同人音楽活動の集大成、「EMBRYO Piano Works」だったのです。

「最高の白黒画」たりえるピアノ演奏の可能性

 CDのブックレットのカバーには「超絶技巧がひらくピアノの新たな可能性」と端的にこの作品の特徴を形容してありますが、といっても、それは超絶的な演奏技術を要求する激しい緩急を持つ音符が並ぶ譜面から読み取れる表層的な難易度だけを指し示すものではありません。付属するブックレットでのKUROYAさんの解説にもあるのですが、この作品が真に超絶的な部分とは、完全に打ち込みに徹した編曲スタイルでありながら、鍵盤を押す「発音」だけではなく鍵盤から指を離す「消音」を意識していることと、手軽に音を操るダンパーペダルの魔力にのみ甘えることなくノンペダルの効果を引き出していることです。ピアノ演奏の知識がある人にとっては、その概念は常識なのかも知れませんが、その演奏スタイルをイメージして打ち込み編曲だけで「そういう技法を意識した楽曲」として聴き手に本質を理解させる音を創ってしまう手法は、アマチュアレベルでは想像することさえ困難なものだと思います。

 KUROYAさんは、ピアノ音楽を絵にたとえると「優れた白黒画」だと解説されていますが、それは正鵠を射た表現だと思います。色の派手さがなくても、シンプルだからこそ剥き身の本質を伝えられるし、そこにどんな色をつけるのか聴き手が自由にイメージすることもできる。原画(原曲)の本質を損なうことなくグレースケール化(ピアノアレンジ)したものを、ピアノの特性を生かして編曲して再構成することで、聴き手は原作の記憶を重ねた「アレンジのアレンジ」を瞬時に脳内変換することができるのです。それが、ピアノという楽器と、ピアノアレンジという音楽ジャンルが持つ大きな可能性ではないでしょうか?

 KUROYAさんの同人音楽活動の最後に、この1枚に出会うことができて本当に良かった。楽譜の一部を参照しながら展開されている確かなピアノ理論は、音楽の専門知識のない素人にも楽しく読めますし、アレンジCDを作るということ、そのものの悩みや葛藤を綴ったサークル活動記録も大変興味深いです。ピアノの音が純粋に好きな方には、是非オススメしたい名盤です!

Index

  1. Tempest of Grace  「偽りのテンペスト」 (ONE)
  2. Armored Ladybird  「てんとう虫」 (AIR)
  3. Sonata No.1, Op.5  (オリジナル)
  4-6. Piano Sonata No.2 'Reminiscences of AIR'  (AIR)
  7. Valtz, Op.7-1  (オリジナル:マリみてイメージ曲)
  8. Sonatine, Op.7-2  「銀杏を食べよう」 (オリジナル:マリみてイメージ曲)
  9. Funky Frank  「フランク長瀬」 (White Album)
  10. Variation on Themes from 'TSUKIHIME'  (月姫)
  11. The Moment of the Determination  「月陽炎」 (月陽炎)
  12. Fantasia on Themes from the 'Atlach=Nacha'  (アトラク=ナクア)

First written : 2004/02/06