monthly GM-ken Head Lecture

 第九回GM研所長講演

仮想と現実
2001/10/01

はじめに

 ほんの数年前までゲームの代名詞的に盛んに使われていた「バーチャルリアリティ」という言葉が使われなくなって久しい。加速度的に進化するエンターテイメント業界の技術力は、もはやそのような陳腐な言葉では言い表すことの出来ない次元に達しようとしているからである。政治、経済、教育、文化…あらゆる面で行き詰まってしまった現実社会への反動もあり、仮想媒体への人々の希求は強まる一方である。

 しかし、IT革命の大号令が製造業の幻想でしかなかったことに気がついてしまった世の人々は、その欲求の行き場を失って迷走を始めた。現実の中に仮想を求め始めたのだ。「出会い系」でのお手軽な恋愛と売春行為、大阪池田市で起きた小学児童大量刺殺事件、そして、黒磯の少女誘拐事件…以前では考えられなかったタイプの犯罪が日常的に多発しています。

 今回は、「仮想と現実」をテーマにして、この問題を掘り下げてみたいと思います。


黒磯少女誘拐事件の余波

 栃木県黒磯市立東原小学2年生、秋元美穂ちゃん(7)が2人組の男に連れ去られた事件で、未成年者略取容疑で無職、藤田竜一容疑者(22)と田中邦彦容疑者(21)が逮捕された。普通なら子供も無事で犯人も捕まって、めでたしめでたし…で終わるのだが、今回の事件は誤解と偏見に満ちた報道の悪意によって、思いもかけない方向に余波が及んでしまった。

 若者が犯罪を犯すと、すぐに生い立ちや趣味・環境にその原因を求めようとするのは、今も昔も変わらないマスコミの悪癖だが、今回は「待ってました!」とばかりに騒ぎ立てた。なぜなら、藤田容疑者は重度のゲーム・アニメオタクであり、「夜ノ森一輝(よのもりかずき)」というペンネームで同人誌活動もしていたからだ。かねてから同人業界とオタク文化に対して悪意と敵意を持っているマスコミ関係(特にフジテレビ)は、ここぞとばかりに攻勢に出てきた。攻撃の矛先はオタク文化そのものに向けられている。

 もし行政や民間抗議団体が動くようなことになれば同人業界が受ける打撃は計り知れない。最悪の場合、同人の象徴ともいえるコミケの中止を求める声があがって、開催を自粛せざるをえない事態を招く可能性もある。唯一の救いは、事件が殺人や強姦・監禁などの実害に及ばなかったことだ。コミケの米澤代表には「これはあくまで一部の例外的な事例である」と断固主張していただきたいものだ。状況は非常に厳しいけど、マスコミの横暴には決して屈してはなりません。

マスコミの悪意報道

 週刊女性という雑誌に、先日幼女誘拐事件で逮捕された、夜ノ森一輝こと藤田容疑者の描いた同人誌が5ページに渡ってそのまんま掲載されている…という話を大羽なおさんの「おとぼけ日記」で知った。大羽さんがあまりにも面白おかしく書いていたので、気になってコンビニで立ち読みしてみたら…大爆笑!思わず記念に買ってしまいました。?週刊女性の思うツボ?

 何がそんなに大爆笑なのかというと、雑誌記者の取材努力の痕跡が微塵も感じられず、精神科医もその記者の湾曲した情報をもとに真面目に分析。かくして、誤解だらけの歴史的バカ記事ができてしまいました。これが笑わずにいられましょうか?えっ?これってギャグじゃないんですか?………正気ですか、週刊女性??

 まずなにより、記者が取材する気がまったくないのに驚く。「Kanon」をゲームじゃなくて音楽の「追復曲」だと思っているし、マンガのページ割りすら知らないし、ツッコミとイジメの区別もつかない。その体たらくで一丁前にオチが弱いとか、後半になると絵が雑だとか、ジャンル分けするなら不条理ギャグだ…などなど厚顔無恥に堂々と語っているのだから、本当に笑うしかない。でも、ここまで報道の不理解が酷いともう笑っていられません。マスコミ関係者たちにはジャーナリストとしてのプライドはないのでしょうか?

今、そこにある危機

 話は変わりますが、アメリカで発生した同時多発テロの報道を、皆さんはどう思うだろうか?まるで映画の1シーンのように繰り返し放映された飛行機のビル突撃の瞬間…あまりにも現実離れした映像…しかし、それは間違いなく現実なのです。このテロで6000人以上の民間人が犠牲になりました。

 それにも関わらず、日本の知識人にはアメリカの報復行動に対して慎重な意見を口にする者が多い。自衛隊の艦船を派遣しておきながら、攻撃されても反撃できない不条理な自衛隊法と、お粗末な司令部(内閣)指揮系統…後方支援と言っても戦場には変わりは無い。こんな状態で戦場に送り込まれる自衛官の身になって考えてもらいたいものである。戦後56年かけて築いてきた平和がもたらしたものが、こんな情けない国民性だとは思いたくないですね…

 日本人は非常時の認識が甘すぎる。なぜ日本がテロの脅威に晒されていないと考えられるのか?敵対行動を取らなければ巻き添えは食わない?そんな都合はテロリストには無意味である。日本がアメリカの同盟国であり、もっとも手薄な国家である事実さえあれば十分である。戦線が膠着状態に入ったとき、安全地帯での1発のテロが反戦世論を呼び起こすことになる。それがテロリズムというものだ。あらゆる事態を想定し、打てる手をすべて打つ。危機管理能力とは、つまるところ想像力と行動力なのだ。

仮想と現実

 今の若者世代には「想像力」が欠如している。「これをやったらどうなるのか?」を考えられないのだ。親に叱られたこともないので、被害者の気持ちも、加害者が受ける罰にも考えが及ばない。現実世界ではリセットボタンはないし、自分ひとりで生きているわけではない。身内から犯罪者が出れば親兄弟・親類縁者・友人にまで迷惑が掛かる。そして何より、自分の将来と現在が台無しになってしまう。ちょっと想像力を働かせれば、恐ろしくて犯罪なんて起こせませんよ。

 よく「仮想と現実の境目がわからなくなる」と言いますけど、私に言わせれば、それってとっても不幸なことですよ。現実とのギャップがあるから仮想が楽しい。仮想が楽しいからつまらない現実も乗り越えられる。何かに夢中になっている自分を楽しめるくらいの余裕を持って欲しいものです。

2001/10/01 GM研所長 : gonta


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