monthly Book Review
風よ、万里を翔けよ
作者 : 田中芳樹
出版社 : 徳間書店

あらまし

 「風よ、万里を翔けよ」は、私が最も好きな田中芳樹中国歴史ロマン作品です。時代は隋代末期。三国志や水滸伝に比べて、日本人にはあまり馴染みの無い時代ですが、本場中国では京劇の題材にもなっている有名なお話です。記憶に新しいところではディズニー映画「ムーラン」の舞台にもなっています。主人公は、病床の父の身代わりとして征遼百万の大軍に身を投じ、戦乱の世を駆け抜けた男装の女戦士「花木蘭」。隋王朝の没落を最前線の武官の立場で描いた歴史活劇です。

主な登場人物

花木蘭(花子英)
病床の父に成り代わり、男装して征遼之役に出征した女戦士。戦乱の世を終わらせるために、9年間200戦以上に渡って戦場の最前線で戦い続けた。

賀廷玉(賀伯陽)
征遼之役以来、常に木蘭とともに戦い続けた戦友であり、最高の朋友。最後の最後まで木蘭の女装に気づかなかった。

煬帝(楊広)
隋王朝第二代皇帝。中国史上最大の暴君として知られ、「礼教に背き、天に逆い、民を虐げた皇帝」という意味を持つ「煬帝」という最悪の諡号を付けられた人物。

張須蛇(字不祥)
平凡な地方の副知事だったが、民の飢餓を救うために独断で郡庫を開いた行動が煬帝の目にとまり、河南討捕軍大使に大抜擢された。副使の木蘭たちとともに戦乱を戦い抜いた義将。

李密(李法主)
才気溢れる策士。その鋭敏すぎる才ゆえに世を追われ、隋を打倒することに生涯をかけた。常勝無敗の張須蛇に最初で最後の敗戦をもたらした人物。

沈光(沈総持)
「肉飛仙」の異名をとる武芸の達人にして信義の人。木蘭の女装を見抜いていた唯一の人物。

李世民
後の大唐帝国の皇帝「太宗」となる人物。十代からその才を遺憾なく発揮し、優柔不断な父「李淵」を叱咤激励して決起させ、隋王朝滅亡を決定付けた。

魅力とは?

 田中芳樹氏の小説の醍醐味はなんと言っても、血沸き肉踊る戦略・戦術展開と軽妙な駆け引き。そして、歴史知識ゼロでも確実にその時代が好きになってしまうような魅力的な登場人物たち。本作品は正史でなく脚色された京劇をベースにしているため、実在しない可能性のある人物も出てきますが、読み物としてはその方が面白いものです。しかしこれを単なる冒険活劇で終わらせないのが田中流。歴史的観点から客観的に、時には当事者の視点で主観的に筆を走らせる。終わることの無い戦乱への疑問。朋友を欺き続けることへの葛藤。それこそが田中節の真骨頂なのです。

ハッピーエンドの美学

 田中芳樹氏の作品には明確なハッピーエンドの作品はほとんどありません。「まず歴史が先にありき」というスタイルゆえ、「すべては歴史の中に…」的な終わり方が多いのです。資料性が求められる歴史ものでは尚更です。そんな中にあって本作品は架空(かも知れない)人物を主役にしていたために、例外的な終わり方をすることが出来た。この点こそが、この作品が未だに私が一番好きな歴史小説であり続ける所以なのでしょう。

 この作品で中国歴史小説の面白さに目醒めてしまった人は、ぜひ田中芳樹氏の他の中国歴史作品も読んでみて下さい。「銀英伝」とも「創竜伝」とも違う一味違った田中流の魅力を再発見することができるでしょう。その入門編として、「風万」は自信を持っておすすめできる逸品です。


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